公開日 2024年04月18日
3月9日に、広島国際会議場にて「古代出雲文化フォーラムⅪ」が開催されました。古事記編纂1300年にあたる平成24年度に第1回を開催し、全国各地を毎年巡り、広島での開催は2回目となりました。今回のテーマは、「古代出雲と備後」です。
当日、会場にて学生広報サポーターが参加者にインタビューも行いました。
(会場の様子)
〈第1部〉
會下 和宏 氏(島根大学総合博物館 館長・教授)が登壇しました。テーマは、器や鉄、墓から見た「弥生時代の備後・安芸と出雲・石見の交流」です。三次盆地で使用された加飾性の強い土器である「塩町式土器」は、斐伊川・神戸川・江の川を下って、出雲平野や石見東部臨海部にも分布をみせています。土器の分布は、土器を携えた人々の移動や土器製造に関する情報の伝播を意味しています。弥生時代の中国地方の広域交流を考える際には、河川を利用した臨海部と内陸部の南北交流にも目を向ける必要があり、それらの広域交流がのちの古墳時代へとつながっているそうです。
(島根大学総合博物館 會下 和宏 館長・教授)
続いて、藤川 翔 氏(三次市教育委員会文化と学びの課 主任主事)による講演が行われました。テーマは「国史跡寺町廃寺跡が語る備後と出雲」です。平安時代初期に編まれた、日本最古の仏教説話集『日本霊異記』に登場する「三谷寺」と当該史跡の関係性についての解説がありました。また、当該史跡(三次市向江田町)と出雲西部では同じ笵型で製造された「水切り瓦(瓦当面の下端が三角形状のもの)」が出土したことから、国々を越えた瓦工人の移動の痕跡をみることができ、仏教文化の波及を明らかにする上で注目すべきとのことでした。
(広島県三次市教育委員会文化と学びの課 藤川 翔 主任主事)
続いて、橋本 剛 氏(島根県教育庁文化財課 古代文化センター 主任研究員)が登壇しました。テーマは「出雲と備後を結ぶ道」。『出雲国風土記』が他の残存風土記に比べ、交通路の記載が充実していることについて触れられ、出雲から備後を結ぶ道は5つあり、それぞれ用途に合わせた利用をされていたのではないかと語られました。
(島根県教育庁文化財課 古代文化センター 橋本 剛 主任研究員)
〈第2部〉
第2部では、平郡 達哉 氏(島根大学法文学部准教授)が登壇し、「石見銀山遺跡から広がる島根大学の取組」について発表されました。これまで、山陰の地に根差した調査・研究を続けられてきたこと、世界遺産に認定された石見銀山から山陽方面へとつながる銀山街道の重要性についてお話がありました。また、法文学部考古学研究室が毎年参加している石見銀山遺跡の発掘調査は、学生が発掘調査技術や地域との交流から多くのことを学ぶきっかけになっているとの話もありました。
(法文学部社会文化学科 平郡 達哉 准教授)
〈学生広報サポーターによる参加者へのインタビュー〉
・「今までは島根と広島を単体として考えていたが、歴史を通して繋がりがあることに興味を持ち、調べてみたいと思った。古事記の内容や繋がりについての説明がとても分かりやすく、来てよかった。」(40代と10代の親子)
・「生活している地域の歴史や出雲大社の大きな柱などの歴史に興味があり参加した。出雲のみ風土記の記録が残っていることはとても興味深く、また大学で現代に生かし、社会に貢献しようと活動していることは素晴らしいと思う。」(90歳の男性)
〈学生広報サポーターによる取材の感想〉
松江市から広島市への道中は雪が降り、広島市内も肌寒い天気でした。ところが、会場は満席となり、多くの方が最後の講演まで聞いておられました。遠方から来られている方や若い方も多く見られました。「今日はどんなことが聞けるのかな」と話す様子もあり、会場に来られた方とともに、講演を楽しく聞くことができました。
(学生広報サポーター 取材 田﨑 航、稲垣 亮太、立畑 泰征
島根大学企画広報課 撮影)