生物資源科学部 吉岡秀和 助教が助言提供している「土砂還元」が斐伊川 尾原ダム下流で試行されました

公開日 2022年03月23日

 多くの自然河川には、水だけではなく土砂の流れがあります。しかしながら、ダムなどの大型水利構造物がある河川では土砂の流れが著しく減少してしまい、その下流の環境や生態系が甚大な影響を受けています。この状況を解消すべく河川外から土砂を供給する事業が「土砂還元」です。ただし、単に土砂を入れれば良いというわけではありません。例えば、予算やマンパワーの制約があるでしょうし、どのような土を、いつ、どこに入れるべきか等、多様な事項を検討する必要があります。
 島根県を流れる斐伊川では、2019年から国土交通省出雲河川事務所により尾原ダム下流で土砂還元の試行がなされており*、生物資源科学部 吉岡秀和 助教(環境共生科学科)がヒアリング等による助言提供を通して参画しています。試行的な土砂還元ならびに事前・事後の現地調査や数値シミュレーションによって、将来的に本格的な事業となすためには土砂を入れるべき場所や量をどのようにすれば費用対効果の面で良いのかが検討されています。2022年の事業は3月18日に実施されました(写真1-2)。本年は斐伊川では初めて同時に複数個所での土砂還元が行われました。今後、その効果を見極めるためのモニタリング調査が行われる予定です。

 なお、土砂還元については、吉岡秀和助教らによる理論研究が進められており**、最近の成果が国際雑誌Computers & Mathematics with Applicationsにおいて研究論文として掲載されました。本研究では、既存の多くの制御理論では常識とされていた、時々刻々と変化する対象を連続時間的に(すなわち、常に)観測し続けることが土砂還元などの環境モニタリングでは事実上難しいことを指摘し、新しい環境モニタリング理論の構築の必要性を主張しています。とくに、費用対効果良くモニタリングを行うための「合理的不注意(rational inattention)(1)」やアダプティブな「アーラン化(Erlangization)(2)」など、既存理論には浸透していない新奇的な概念を応用し、土砂還元を費用対効果良く実施していくための新しい視点を取り入れています。本研究は環境分野と経済分野を横断する異分野融合研究であり、土砂還元に留まらず様々な環境保全事業の解析に応用されることを期待できます。
 ただし、本研究を通して、現行の理論でも現実との無視できない乖離がある事が示唆されています。今後、こうした乖離を小さくでき、より良い***土砂還元事業に向けた研究が行われる予定です。
 
(土砂還元に関する研究論文)
著者:Hidekazu Yoshioka and Motoh Tsujimura
論文タイトル:Hamilton-Jacobi-Bellman-Isaacs equation for rational inattention in the long-run management of river environments under uncertainty
雑誌名:Computers & Mathematics with Applications
巻・ページ:Vol. 112, pp. 23-54
URL:https://doi.org/10.1016/j.camwa.2022.02.013

*国土交通省出雲河川事務所「斐伊川の河川環境の保全を目指して~ 尾原ダムに流入した土砂を下流河川に投入して環境保全に取り組みます ~」:https://www.cgr.mlit.go.jp/izumokasen/release/r3/files/220311_hiikawanokasenkankyounohozenwomezasite.pdf
**この記事で紹介した土砂還元事業とは独立して進められた研究です。
***どのような条件や状態を「良い」とするのかも大事な研究課題です。

(この記事における用語の意味)
(1)合理的不注意:観察したい対象が変化していく時間スケールに応じて、意図的に情報取得の間隔を減らすことです。例えば、皆さんは日常生活を送るうえで天気予報をどれだけの時間毎にチェックしますか。1秒毎にチェックするのは細かすぎ、逆に1年毎にチェックするのは天気の変化についていけないのではないでしょうか。数時間や1日毎の確認が丁度良いと考える方が多いかもしれません。

(2)アーラン化:アーラン分布と呼ばれる確率分布に従って、系(たとえば環境)のモニタリング時間間隔を決定することを意味しています。本研究で用いたアダプティブなアーラン化では、系のモニタリング結果に応じてアーラン分布の形を更新するメカニズムを取り入れ、よりフレキシブルなモニタリング手法の開発を可能としています。



写真1:2022年3月18日に行われた尾原ダム下流における土砂還元の様子(撮影 吉岡秀和)


写真2:2022年3月18日に行われた尾原ダム下流における土砂還元の様子。
    写真1とは別の、さらにダム下流地点(撮影 吉岡秀和)


 

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